別所温泉湯治記
2001年2月9日(金)〜10日 天気:晴

グリーン車に乗る!の巻

 会社をズル休みして,朝9時に家を出たボクは駅に向かった・・・そう。友人と誘い合わせて,長野県の別所温泉へ1泊2日の旅行に出かけるのである。これは,JTBの企画プランで,1泊2食東京からの新幹線往復込みで,なんと!18,300円の格安旅行なのだ。シーズンオフで,平日なればこその値段。会社を休んでも行く価値がある。
来た!ボクタチの新幹線 この緑のマークなにかな〜?
 我が田舎駅から特急に乗ったボクは,途中の駅から乗ってきた友人と合流。その友人とは,独身時代,年に一回くらいいっしょに旅行に出かけた仲だったが,結婚してからすっかりご無沙汰となり,今回久しぶりに(女房子供をほったらかしといて)出かけることとなったのである。まあ,お互いお金に不自由してるので,こういう貧乏旅行になったってワケ。独身時代に比べて,ボクもお腹が丸くなっちゃったケド,友人もまん丸くなったのう...
 そして,電車はガタガタ揺れながら上野へ。そこでボクタチは,長野新幹線上野11時34分発「あさま513号」に乗り込んだ。この旅行の目的は温泉だが,実はもう一つ大きな目的があった。それはグリーン車に乗ること!皆さんご承知のとおり,グリーン車とは,ヤッポン国でも選ばれた少数の金持ちしか乗れない車両である。ボクはいつも特急の自由席に乗るのがやっとなのだが,そんな時,トイレを探してグリーン車の通路に進入すると,ベットと見間違うような大きな座席に,大金持ち達が葉巻などくゆらせて座っているのを見ていて,いつもうらやましいな〜と思っていたのである。

これ,サービスだって 左:金持専用グリーン車。右:貧乏人用車両。みじめじゃの
 ところが,今回のプランでは,片道,プラス600円(通常なら2千円以上)でグリーン車に乗ることが出来るのだ。ボクタチは一生に一度の思い出として,清水の舞台から飛び降りる思いで,往復分のグリーン車の料金1,200円を出したのである。
 グリーン車は・・・おおっ!広い。ゴシゴシゴシ。前の座席が遠くてよく見えないや・・・。シートもフカフカで,まるで玉座のようである。
 程なく客室乗務員がやってきて,おしぼりとウーロン茶をサービスしてくれた。ステーキもサービスで持ってきてくれるかと待っていたが,さすがにこれは来なかった。その代わり,シートに雑誌とカタログがサービスで置いてあった。もう,これに乗っちゃうと,狭くて固くて哀れで惨めな普通席なんて座れなくなっちゃうね。フー。
 途中,貧乏人の様子でも見ようと,普通車両をノゾキに行ってみた。うわっ!なんじゃ。このブタ小屋は!
 軽井沢を過ぎ,窓から浅間山を見,そして,12時54分。新幹線は長野県上田駅のホームに滑り込んだのであった。

 

上田駅からローカル線の旅の巻

栄えある上田駅前ロータリーだ

 グリーン車ともここでお別れ...もう温泉なんかどうでもいいから,このままずっと乗っていたかったのう。新幹線も,ボクタチを降ろすのがさぞ寂しかったのだろう。どこかしょんぼり長野駅に向かって肩?を落として走り去って行った。
 新幹線の中でビールをグビグビ飲んじゃったので,ふらふらホームを歩く...ウィ〜。友人がホームに落っこったら,すかさず助けることにしよう。消防署長賞間違いなしだ。帰りはボクがホームに落っこって,友人に助けてもらうことにすれば,お互い消防署長賞がもらえるってもんさ。JRでは,新大久保駅の事故で,大変な批判が来たため,短距離区間の駅ではアルコール類を売らない方針を打ち出すらしい。でも,市民団体は,それだけじゃなくて全駅で売らないようにしろと言ってるらしい。過剰反応だよね〜。あのホームに落っこっちゃった人は,駅の中で酔っぱらい始めたワケじゃあるまいに。駅でアルコールを売らなくたって,外のスナックあたりで飲んで駅に来た人がホームに落っこっちゃったら,駅での発売禁止した意味はないと言うほかない。合理的に考えるならば,電車に乗る人は酔っぱらい乗車禁止にすべきだろう。もっとも,そうすれば飲み屋という飲み屋は,全部つぶれっちゃうだろうけどね。何事においても,(特に最近のヤッポンでは)少数の無責任な批判はあるものである。しかし,そういう少数のヘンな意見ってのは,合理性はともかく,声だけはやけにバカデカイんだよね〜。
 ・・・なんてことを,二人でブツブツ言いつつ,時間が少しあったので,お城口(上田城方面なのだ)から駅前に出てみる。むむ?まずまず小都市の風景。一応,イトーヨーカン堂があったが,新幹線の止まる駅にしてはちょっと静かすぎる感じだ。まあ,ボクの田舎と比べれば摩天楼の建ち並ぶメガロポリスってもんだけど。それにしても思いがけず雪が少ないのにはびっくりしてしまった。

別所温泉まで壊れないで走ってね ガラーン
 ここから別所温泉線に乗換となる。約25分のローカル線の旅なのだ。終点の別所温泉駅の往復切符1,140円を買ってホームへ。いたいた。2両編成の電車が。これって,京浜東北線あたりで廃車になった古い車両なのかな?
 さっそく乗り込むと,案の定,人影まばらである。電車は住宅街を抜け,雪で真っ白の田圃の中をトコトコ走る。なんだか味わい深い...一緒に乗り込んだ友人は,子供の頃から電車が狂ったように好きらしいのだが,なんとなくその気持ちが分かる。ふと,昔の映画を見てるような気分になって来てしまう。
 ガラーンと空いているにもかかわらず,なぜか目の前に座ったカップルが手なんか握っちゃっているので,悔しくて歯がみしてしまった。きっと,中年男二人旅の我々に仲がいいところを見せつてやろうって根性に違いない。
 途中途中の駅は,無人駅。なんてことない住宅地に鄙びた駅舎はある。有人駅らしいのは,結局,真ん中と終点しかないようだ。昔は重要な位置づけのあっただろう路線も,時代の流れと共にこうなっちゃうんだろうなあ。だって,上田駅から別所温泉駅まで,タクシーで20分らしいんだもの。この電車の同じ区間で25分なんだっけ...

 

別所温泉到着の巻

 電車はのんびりのんびり単線を走って,ようやく別所温泉駅に着いたのは14時ちょっと前であった。我ながら実にのんびりとした旅行である。ボクの場合,いつもなら朝6時前には家を出て,目的地にはなんとしても午前中に着いて,無我夢中で観光してヘトヘトになるってのが通常パターン。でも,こういう旅もたまにはいいかも知れないですよね。
 妙に味わいのある駅舎から外に出る。白い雪に輝く太陽が眩しい。そして駅の階段を登って,これからいよいよ未知なる温泉街の道を歩くのである!この瞬間がたまらないんだよね〜ゾクゾクゾク!階段を登ると・・・あれ?ここって温泉なの?なんだかそこらの田舎の住宅街の道りみたい。

 駅前のメイン通り?(下の写真右)をトコトコ歩く。人影は極めまばらであり,犬が一匹歩いていたのが気になったくらいである。ボクタチの予定では,まず,今夜のホテル「朝日館」にチェックインして,荷物を置いて身軽になって,それからゆっくりと温泉街をプラプラ探索しようってワケ。外湯がいつくかあるので,そこに入り,さらにこのJTBのプランは,「湯めぐりパスポート」がついており,協定旅館の温泉に入り放題なのである。ボクタチのホテルのランクはCクラスの一番お安い旅館。だから,絶対止まれないようなSクラスとかAクラスの旅館に,温泉だけ入れてもらおうって計画なのである。頭いいでしょ?案内書によると,ホテル「朝日館」まで駅から徒歩7分とあるから,すぐ着いちゃうハズなのだ。

別所温泉待合室にて 駅から外へ。階段の先が温泉だ 楽しき温泉街じゃの
 ちょっと歩くと,通り左側に温泉入口駐車場が現れ,右側に”常楽寺”と書いた看板があった。友人が「せっかくだから,先に寺さ見るべえ」と言うので,ボクも「んだな」と賛成して右へ曲がることにする。
 そこは石畳の道となっており,道沿いの家の人がせっせと道の雪かきをしていた。雪国の人って公共心がありますよね。もし,ボクんトコに大雪が降ったら,道の雪かきをするどころか,庭の雪を道まで持っていってポイポイ捨てていくに違いない。

 常楽寺への階段の手前で,友人がまた叫びだした。「オバQだ!」オバケのQ太郎がどうしたのかとキョロキョロすると,”そば久”(これって,「そばひさ」じゃないかなぁ?)と書いてある幟が見えた。オナカ空いちゃったし,まずはゴハンを食べようか...常楽寺の手前から右の細い路地に入っていく。しかし・・・その蕎麦屋さんに近づくにつれて,ボクタチの足は躊躇いがちになっていった。どう見ても高級そうなのだ。「こりゃ,相当高いかもしれん」「千円,いや,二千円くらいするかもしれんなァ」「いや。一万円しないとは言い切れん」・・・ボクタチは,青い顔を見合わせたが,自分からやめようと言い出す勇気もなく,ついに,玄関をガラガラガラと開けた。ゲー!なんだか蕎麦屋って感じがしない。高級な普通の家みたいだ。ヤケのヤンパチになったボクは,下駄箱に靴を入れると,ノシノシと狭い廊下を奥に入っていった。「コンチハー」

 すると,上品な婦人がどこからともなく現れ,ボクタチを超高級そうな座席に案内してくれた。そこから日本庭園が見え,雪景色が実に美しい。乞食の如き我々は,おそるおそるメニューを見る・・・あれ?クソ安い!結局,ザルソバ600円を注文する。まず,野沢菜と粕漬のようなものが出て,これが旨いこと旨いこと。ザルソバは,うう〜ん!なんて品のいい美味しさなのだろうか。さっきの品のいいおばさんが「これよろしければどうぞ」とリンゴを二切れづつ持ってきてくれた。んまいっ。そば湯も,んま〜い。こんな値段ですっかり申し訳なく思ってしまった。そして,ボクは,この「そば久」を是非HPでPRしとこうと心に決めたのであった。

 

別所のお寺参りの巻

常楽寺 常楽寺より別所の町を見る
 すっかりゴキゲンになったボクタチは,階段をトコトコ登って”常楽寺”へ。ここは北向観音の本坊にあたるらしい。入口に100円を入れる箱があったので,シブシブお金を入れる。ウン。なかなかに趣のある建物である。裏手の方に重文の石造多宝塔があるらしいが,そっちの方の狭い道が雪深かったのでパスしてしまった。
 今度は階段を降りてメイン通りに戻らずに,左方向に竹林の細い道を歩くことにした。こちらの道は比較的雪が残っている。しばらく行くと,道がコチコチのアイスバーンになりだした。ううっ。ボクタチは,雪の少ない田舎の出だからなァ。足の裏に吸盤を生やして,慎重に歩く。
 途中,”安楽寺”への表示があったので,またしても寄り道することになった。なんだか,ホテルに行って,身軽になって・・・って計画が変わっちゃっている。安楽寺入口の道は雪と氷の怖ろしい道。階段には雪が積もっているので,回り込んでいる狭い車道を登ることにする。

安楽寺 八角三重の塔
 ”安楽寺”境内に入ると,善男善女がせっせと境内の道の氷を割っていた。檀家の人なのだろうか?本堂のお賽銭箱の前まで行くと,左手に”八角三重の塔”への入口があるようだ。入口から覗いてみようと近づいたら,突然,どこからともなく,おどろおどろしい声がした。「ここは有料です」・・・ありゃりゃ?入口の陰になったところに料金所みたいなトコがあって,オジサンお金くれと手を出してるぞ。む〜。こうなりゃ仕方ない。入山料100円を渡すと,料金所のオジサンはニンマリ笑って,「すべりますから気をつけてください」と言った。しょうがない。まあ,三重の塔は国宝らしいし,行ってみるとするか。
 杉林の中に入ると,坂そして階段とツルツルのアイスバーンの連続である。慎重に慎重に時間をかけて登る。そして三重の塔は,お墓の手前にそびえ立っていた。そこには,乳母車を押したオバサンが塔を見上げていて,絶好の撮影箇所を占領している。チェ・・・やむなく,深い雪をかきわけて,お墓まで行って写真をパチリ。屋根は4つなのに三重の塔とはこれ如何に。これは,長野県で最初に国宝に指定されたらしい。突然,そのオバサンがボクタチに声をかけた。「写真は人にうんと近寄って撮った方がいいわよ。遠いと,顔が分からないから」そんなコト,教えてくれんでもイイワイと思いつつも,お礼を言って,また階段を戻ることにする。
 ヒェ〜。氷の上を歩ってるようなモンである。降りる時って,登る時にもいや増して怖い。ソローリ。ソローリ。滑ったら,一発であの世行きだろうなァ。まあ,クビのホネを折るくらいですむかも知れんが。
 ようやく,本堂の前まで戻ると,疲れ果てたボクタチは,喫煙所の前に座り込んでしまった。フ〜。しかし怖かった。そして,タバコに火をつけようとした瞬間である。例のオバサンが勢いよく乳母車をゴロゴロ押して降りてきたのは・・・。いったい,あの氷の上をどうやって降りて来たんだろうか?

土産物屋の路地 北向観音
 いよいよホテルじゃ〜。ラブラブ?ホテル。ムフフ...と思ったボクの耳に友人の冷徹な声が。「次は北向観音に行くとしよう」えい。行ったるわい。北向観音だろうが,地獄だろうが。
 メイン通りまで戻ると,目の前が北向観音前の土産物屋街であった。ここだけは,温泉街っぽいなァ。観光客も・・・ちらほらだけどいる。ここで,大師の湯の飲泉所があったので,試しに飲んでみることにした。ゴクゴクゴク。ウッ!マズ〜イ。そりゃ,温泉がジュースみたいに美味しかったらヘンですよね。お土産物屋の路地をキョキョロ見回しながら歩く。いい土産はないかのう?しかしあったのは厄よけ饅頭ばっかり。饅頭もきらいじゃないが,なんか珍しいものはないかなァ。
 路地の突き当たりに,その北向観音はあった。ここは南向きの善光寺(長野市)と北向きに向かい合っており,厄除け観音として有名なのである。ボクは十年くらい前,善光寺に行ったことがあったので,これで両方行けたことになる。賽銭箱にお金を入れる。どうか,ボクにごっそり染みついている厄がどうかスカッと落ちますように。

 

外湯巡りの幸せの巻

 これで,ようやく念願のホテルに向かうことになった。フー。もう4時近いや。ほんの数分歩くと,そこはもうホテル”マウントビューホテル朝日館”。ん?意外に良さげな感じである。トコトコ入口まで行くと,フロントマネージャーらしき人が出てきて,「いらっしゃいませ」スリスリスリ「○○○さまでいらっしゃいますね。こちらへどーぞ」とロビーの椅子に案内してくれるではないか。
 「こりゃ,よっぽど客がいないに違いないよ。ボクタチの名前分かっちまうんだもんナー」と二人でコソコソ囁いていると,ウェルカムドリンク(りんごジュース)と,宿帳を持ってきてくれた。ん。なかなかサービスいいのう。信州産りんごジュースの味もナカナカである。飲み終わると,5階の部屋に荷物を持って案内してくれた。むむ。苦しゅうない。しかも,結構いい部屋じゃん。広い5人部屋だし,最上階の角部屋だし。ハァ。金持ちってこれだからやめられませんなあ。

石湯 ここ脱衣所だよ
 そしてボクタチはノコノコとタオル片手に温泉街?へ出かけることにした。ホテルのフロントで外湯無料券(1カ所)と湯めぐりパスポートをもらう。まずはホテルのすぐ隣の”石湯”へ。
 うん。なかなか味わいのある外観じゃないか。古くからの湯殿に見えるが,実は,建物自体は1998年に立て替えをした新しいものなのだ。ここは,真田幸村の隠し湯と言われ,池波正太郎氏が小説「真田太平記」で,幸村と女忍者のお江が入浴するシーンを描いたところ...ぐふふ。女忍者がいるかな〜。ゲッヘッヘ・・・ボクは,上品な笑いを漏らすと,無料券をオジサンに渡して入る。
 脱衣所は結構狭いが,いー感じ。浴場に入ると...ジイサマが二人入っていただけで,女忍者らしき姿はなかった。桃山の昔じゃないから,もちろん混浴じゃないしナ〜。仕方ないので友人のヌードを撮ってみたが,あまりの湯気に失敗してしまった。女忍者の写真なら兎も角,友人じゃ,あまりに乗り気になれなかったからって理由が大きいのだ。泉質は含硫化水素単純泉。まろやかな感じで,かすかに硫黄臭(たぶん硫化水素臭だろう)を感じた。ほんの10分ほどで外に出る。ボクタチは忙しいのさ。

大湯

 すぐ近くにあった北向観音前の外湯”大師の湯”は,明日に回すことに決めて,ちょっと離れた”大湯”へまで歩くことにした。距離にして約10分弱くらいだろうか。もう無料券は使っちゃったので,入口の発券機で150円入湯券を買う。入口には,”葵の湯”と書いた石碑がある。ここは,別名”葵の湯”とも呼ばれ,旭将軍 木曽義仲が,愛妾である葵の前としばしば入浴していたとの由来があるのだ。と言うことは,鎌倉の昔だから,石湯よりも相当古いって話ですよね。
 脱衣所に入ると...広いには広いけど,オジサンでいっぱいである。もう夕方だから,近所の人が結構来ているのだろう。浴室は,いかにも銭湯っぽいような感じ。さっきの石湯が観光客向けなら,こっちは地域の共同浴場だ。オジサンの間の狭い隙間をみつけてチャポン。すると,ヨッパライのオジサンが大喜びでボクに頻りに話しかけてきた。「どっから来たのけ。電車け。金持ちだな〜」ついには,歌い出してしまった。「ララララ〜♪」やれやれ。女忍者に好かれるなら兎も角,オジサンじゃ,しょうがない。外へ出る扉を見つけて露天風呂へ。ウーン。気持ちいいぜ〜。ふるふるふる・・・・じょっじょっじょ〜(ウソ)
 満足して外に出ると,次第に日も陰り暗くなってきた。まだ2湯ぽっちしか入ってないが,明日もあることだし。チョイと物足りなかったが,まあ,「腹八分目にて良しとせよ」とのコトワザもある。夜出だすって手もあるしね。よい子のボクタチはホテルに戻るとするか...

石湯 含硫化水素単純泉 内,飲泉可 6:00〜22:00(2・4火曜休) 150円(洗髪料10円)
大湯(葵の湯) 含硫化水素単純泉 内,露天,飲泉可 6:00〜22:00(1・3水曜休) 150円(洗髪料10円)

 

ホテルの窓より...暮れなずむ別所から遙かな上田方面へ望む


 別所温泉は,景行天皇の御代に日本武尊に発見されたとされ,「枕草子」に”七久里の湯”として有馬温泉と共に並べられた由緒正しい古湯である。七久里とは,七苦離の湯ともされ,七つの苦を離れる温泉という意味なのである。

 

深く静かに眠れの巻

 さて,ホテルに戻る途中,酒屋さんに寄って,ビールとかジュースをいっぱい買い込んだ。ご存じの通り,ホテルの冷蔵庫のお酒ってメチャクチャ高いので,こっそり持参しようってワケ。これも全てエコロジーのタメなのだ。おサイフのね。頭いいでしょ?

 ビールの入った袋を後ろ手に隠しながらコソコソとホテルに戻る。そろそろお楽しみゴハンターイムである。まあ,ボクは小食だから,せいぜいニオイだけでも,かがせてもらおうか。食べるには及ばないからなあ。それにしても,早く仲居さんが来ないものか・・・トントン。「ひつれいしますだ〜。お食事お持ちしました」おっ。来た来た。仲居さんがお膳を次々に運んできた。舌なめずりしているボクタチの前に料理が次々と並ぶ。「ビールとお酒は冷蔵庫に入っております」・・・ウンウン。分かってますって。買ってきたビールの入ったポリ袋はちゃんと冷蔵庫に入れてキンキンに冷やしてますって。
 仲居さんがいなくなるや,隠してたビールを出してトクトクつぐ。ゴクゴクゴク。ムシャムシャムシャ!ガツガツガツッ!時々,熱い料理を仲居さんが持ってきてくれる。心ニクイね〜。最後に出てきたイクラの混ぜご飯がなんともうれしかった。

曙の湯

 このホテルは,浴場が二カ所あるが,夜9時から男女入れ替えというので,早めに入りに行くことにする。えーと。大浴場は6階だからっと。いくど〜。オレタチ仲良し二人組!(この表現,カンチガイされそう・・・)
 9時前の男湯は,露天なしの方の”曙の湯”だった。でも,コッチはサウナも付いているんだよね〜。ただ残念ながら,ボクはサウナに入るヒマがあったら,一秒でも長く温泉の湯に浸かっているべきだという主義なのだ。ついでに頭も洗っとこ。ボクは二日にいっぺんしか頭を洗わない主義でもあるのだ。こうしとくと,明日のシャンプー代が浮くってもんですからね。身体をピカピカテカテカに磨きまくったたボクタチは,部屋に戻る。あ〜一年分の垢が落ちたワイ。
 すると,友人がソワソワして,”タッチ”見ていい?」と聞く。タッチって・・・もしかして,岩崎宏美の妹が「タッチタッチあそこにタッチ♪」とかエッチっぽい主題歌を歌っていたあのタッチ?驚いて,友人の中年顔をじっと見つめるボク(人のコトは言えないケド)。友人が,早めに風呂に行きたがったのは,これを見るためだったのか。
 結論から言うと,タッチは実にもって面白かった。わーい。南ちゃ〜ん!俺も南と正面から向き合えるように頑張るよ・・・いかん。ついついタツヤになっちまった。

観月の湯(内湯) 観月の湯(露天の夜と朝)
 タッチを見て大満足したボクタチは,寝る前にまた大浴場に出かけることにした。今度は男女入れ替えがあったので,もう一方の大浴場”観月の湯”である。もう11時過ぎだから,先客が一人居ただけだった。早くのけのけ。写真を撮るでの...。さっきの曙の湯もそうだったが,客が実に少ない。時期にもよるのだろうが。外湯も悪くはないが,HP取材のための写真撮りには,旅館の方がやりやすいなあ。露天に行くと寒くて震え上がってしまう。ヒィィィ〜チャポン。アチチチチ!ふ〜。顔だけひゃっこいや。
 部屋に戻ったボクタチは,また冷蔵庫の丸秘ポリ袋から出したウメッシュを飲みながら,ゆっくり。友人は高所大局の立場から仕事論をぶちかます。ボクはお礼に普段から構想を練り上げていたいたアダルトサイト論を披露する。かくして夜は更けていった。ようやく寝たのは1時近かったかなあ。ボクは夢も見ずにグーグー寝てしまった。

朝日館 長野県上田市別所温泉 0268-38-2332 単純硫黄泉,51.3度 大浴場2カ所(内2,露天1,サウナ1)

 

さらば。別所温泉の巻

丸窓電車

 翌朝。今朝は湯めぐりパスポートを利用して,他の旅館の湯を楽しむ予定であったが,友人が風邪っぽく,あきらめることになった。おそらく夕べ,タッチを夢中で見ていたのが原因であろう。朝ゴハンを食し,フロントに降りてチェックアウト。するとフロントの人が車で駅まで送っていってくれると言う。別所駅までは歩いて10分もかからないのだが,お願いすることにした。ここは,とてもホテルだね。友人は「今度来たときはまたここに泊まりたい」と言っていたが,ボクにとっては日本全国,まだ行ってない温泉地はあまりに多いから...
 駅に着くと,発車の時間まで30分はある。そこでボクタチは,ホームの先にある”丸窓電車資料館”をのぞくことにした。資料館と言っても,古い電車がハジッコに停まっているだけなんだけど。残念ながら,電車の中に入ることも出来ない。おそらく,昔はこの中に入れたし,資料の展示も行っていたのだろうが,維持できなくなったのだろうと思われる。別所温泉線も相当無人化が進んでおり,経営が厳しいだろう。次にここを通る時,なくなっていなければいいのだが。
 そして,ローカル線の電車は,ノコノコと出発。やっぱり,人影まばらであった。女性のたった一人の駅員さんが,電車に乗った子供達の振る手に大喜びで答えていたのがとても印象的だった。

 そして,上田駅へ。新幹線の時間まで2時間以上ある。空き時間をどうするか相談したボクタチは,上田城までトコトコ歩いてみることにした。なに。ほんの十数分ほどなのです。ボクにとっては,上田城は前々から興味があったのである。天正11年(1583年),武田氏の武将であった真田昌幸が築城。天守閣もない小規模な平城ながら,徳川氏の大軍を二度に渡って撃退した例を見ない名城なのである。二度目の上田合戦では,豊臣方(西軍)に属した真田昌幸・幸村親子は,関ヶ原に向かって中山道を西上中の徳川秀忠軍3万8千を見事な軍略で退けたのであった。しかし,徳川方が関ヶ原で勝利したことにより,奮闘むなしく,昌幸と幸村は高野山に流され,そこで昌幸は客死。その後,幸村は脱出して大阪城に入り,大阪の陣で真田丸を築いて最後の奮戦をし,”人は死して名を残す”のたとえの通り,名を後世に残したのであった。

東虎口櫓門 真田神社
 そんな感慨を抱きながら,上田城入口へ。ここが,かの名城・・・あれ?市民会館と書いてあるぞ。そう。入口は市民会館と駐車場だった。奥に入っていくと,ようやくそれらしき門(東虎口櫓門)があり,そこをくぐると”真田神社”があった。ここにお参りすると頭が良くなるらしいので,ボクには是非必要なことだとお賽銭を入れる。もう少し・・・せめて人並みの頭にしてくださいませ。パンパン!お札所にいたオジサンがボクタチに声をかけて,裏手に”真田井戸”と”西櫓”があるから,是非見ていくようにと進める。

西櫓

 真田井戸は,なんてことない井戸。実はこの井戸は抜け穴になって北の山麓までつながっていたとの伝説があるらしい。西櫓は,井戸のすぐ上の階段を登ったところにある。結局,上田城で満足に残っているのは,さっきの入口の門と,この西櫓だけみたいだ。あとは,市民のいこいの公園のようになっている。くるりと回ってみたが,大した広さでもなかった。

 時間が余っているので,敷地内にあった上田市立博物館(入場料250円)に入ってみた。小さな博物館であり,あっという間に見終わってしまう。なるほど・・・この上田城は,真田氏(2代40年)の後,仙石氏(3代85年),松平氏(7代166年)と藩主が替わり,あの西櫓も仙石氏が築いたものらしい。これじゃ,真田氏の名残はなくなってしまうわけだ。博物館の隣にあった”山本鼎記念館”も,同じ入場券で入れるというので,ついでに見てみる。農民美術ってやつ...フーン。ボクには良く分からないや。

 もう,話すこともあまりない。上田城を出たところにあった観光会館は,寂しそうに廃れていたし,上田市役所前の喫茶店のコーヒーは,正直ひどかった。でも,駅前の大通りで食べた蕎麦屋さんの蕎麦は,なかなかのもの。さすがは信州ですね。そして,駅前のイトーヨーカン堂で,ヨーカン,じゃなかった。おやきと野沢菜をお土産に,ボクタチは13時45分発の新幹線に乗ったのであった。さようなら。別所温泉。
 また来ることはあるだろうか...何十年かして,別所がどう変わっているか,また見たいような気がしてきた。

 

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