2001年10月27日(土)

それは,”みけねこ紅葉隊”の小旅行...
福島県の秘湯”二岐温泉”へ。そして,大内宿・塔のへつりへ
 

秋を探しに !

羽鳥白河線より

 紅葉狩りに・・・出かけた。秋を探しに。
 北へ。ボクタチの町から,車でまっすぐ国道118号線を北上する。最初は,商店街・・住宅街・・・それが,しだいに,田舎っぽい風景となってくる。田圃・畑・林・・・国道から見える 茨城県大子町の低い山々の景色は,茶色っぽいような黄色っぽいような。でも,まだまだ。こんなの,秋じゃないさ。紅葉というより,せいぜい茶葉ってとこかな?

 そろそろ,10月も終わりだ。このままじゃ,紅葉狩りのシーズンも終わっちゃうと危機感を抱いたボクタチ。そこで,泊まりで旅行にいくほどのことはない(それに贅沢ですしね)と思ったケチケチ主義のボクタチは,早起きして,日帰りで紅葉を見に行くことにした。土曜日なら,少し帰りが遅くなってもいいですもの。場所はどこがいいだろう?なんとなく,親父が「あそこは実に最高じゃ〜」と(去年から)シツコクお勧めしてくれた福島県の”塔のへつり”を思い出し,そこに決定した。なんでも,とても綺麗な渓谷らしい。期待がふくらむゾ。

 茨城県を抜け,福島県矢祭町へ。奥久慈渓谷を過ぎると,またまた,周りの景色は,都会っぽくなってくる。矢祭−棚倉を過ぎ,国道289号線へ。そして,白河。 ここは都会だ。そろそろ11時。幸い,思ったより道は空いていた。今は,紅葉狩りトップシーズン真っ最中の土曜日。さぞ行楽客で混んでいると思ったんだけど,心配していたほどじゃなかった。この コースで紅葉狩りに出かける人は少ないのだろう。最初考えていた栃木回りの道にしなくて,本当に良かった。

 白河を過ぎ,県道羽鳥白河線に入る。しばらくすると,クネクネした狭い山道になってきた。なかなか雰囲気が出てきた。途中, 写真を撮ろうと思って,ちょっと広くなっている道の端に車を停めて休憩。フー。すがすがしいや。ここいらは,もう山の色が違っていた。


 

渓流の秘湯 !(二岐温泉の冒険)

羽鳥湖

 西郷村を抜け,天栄村の羽鳥湖へ。ここは周囲16キロの巨大な人造湖。どこまでも続く青い湖。キャンパーやバイクの姿が多い。羽鳥ダムの休憩所のところで,写真だけ撮って,また車を走らせる。 やがて,旅の始めに走っていた国道118号線に戻った。多少,ワープして,時間を節約出来たハズだ。
 そう。今日の目的は,紅葉狩り ともうひとつある...

 そう。第一目的地は,二岐温泉”大丸あすなろ荘”。温泉は,本来なら行程の最後に入るのがボクタチのセオリーなのだが,今回,時間が少々遅いので,先に向かうことにした。 午後になると,紅葉狩りの観光客で,ごったがえすのを心配したのだ。
 ここは,ご存知「日本秘湯を守る宿の会」の会長サマの温泉宿として,非常に有名である。おそらく,秘湯中の秘湯。秘湯のメガロポリス。ライオンとかパンダとがが飛び出して来ても,なんら不思議 もない超絶スーパー秘湯であるのは,間違いないだろう。ボクの耳には,ユーミンの”秘湯を渡る風”のフレーズがガンガン流れ出した...

 カーブの先に突然現れた二岐温泉の看板を見て,国道から左の村道へ急ハンドル。さて,ここからが大変だ・・・ハンドルを握る手が緊張で白くなる。なにせ秘湯中の秘湯 ,ゴッド オブ 秘湯である。今までのボクタチの秘湯経験では,そこにたどり着くまでには,怖ろしいダートトラックや,土砂崩れ・自然災害の危険な道が続くのは間違いない。♪青いとばりが道の果てに続いている 。ブルル・・・と,思ったら,意外に,結構走りやすい道だった。狭いけど,舗装されているし,対向車とのすれ違いにも,さほど苦労しない。

 5.5キロほど村道を走ると,左手に”大丸あすなろ荘”の看板が現れた。ここは旅館だが,日帰入浴も出来るのだ。曲がり口に,ちゃんと秘湯を守る会の看板があった。そこから,狭い道を下って ,広めの砂利の駐車場へ。もう車が何台も停まっていた。そこに,日帰入浴時間が書いてあって,11時から14時半までですって。良かった!早めに来て。 もし,帰りだったら,間に合わなかっただろう。
 なかなか,趣のある門をくぐって,石畳の小道を歩く。両側に植えられた紅葉の赤が実に鮮やか。そして,数寄屋造りの宿のフロントへ。 キョロキョロしてると,親切そうな宿のオバサンが出てきた。「ボクタチ,恥ずかしがり屋の旅人なんですが,日帰入浴したいんですけど(グフフ。混浴じゃ)」「お一人様,税込で735円です」「ハイ(混浴 混浴じゃ)」「ここは3階ですので,そこのエレベータから1階に降りてください。男性専用の渓流露天風呂。女性専用の子宝の湯があります。手前の自噴泉岩風呂は混浴です」「分かりました(コ・ン・ヨ・ク!)」

自噴泉岩風呂

脱衣所

岩の割れ目から湯が

 エレベータを下り,1階の出口から,サンダルに履き替えて,二俣川の渓流の音がする外へ。まず手前右にある混浴の自噴湯の木の建物を覗いてみた。
 扉をガラガラと開けると,やや暗い浴槽内に野郎共が二人ばかり,プカプカ浮いていた。「オェッ!」おそらく,女性が入ってくるのを蜘蛛みたいに待ちかまえていて,来たら,ジックリ身体の隅々かで鑑賞しようというつもりなのだろう(気持ちは大いに分かる なァ!)。 「ウーム。目玉のギョロギャロした男しか入ってないよ。普通のお風呂だね。どうする?」「イヤーン」「フム。仕方ない。では,露天の方に,別々に入るとしよう・・・」まあ,もし,若い妙齢の女性でも入っていたら,ボクは,いささか言うセリフが異なっていて,「最高に趣深い温泉だよ。これは是非入らなくちゃ,一生後悔しちゃうよ。グッヒッヒ。ハァハァ」と言ったに違いない。

 かくして,渓流沿いの男女別の露天に別れ別れに入ることになった。「じゃ,12時45分くらいにね」

 ボクは(当然),男性専用の渓流露天風呂へ。小さな脱衣所の向こうが露天なのだ。ぬるいやつが手前に,その向こうにもうひとつ,やや泉温が熱め(つまりちょうどいい)の丸い露天があった。先客が三人。 オジサンとオジサンとオジサンが入っていた。
 この露天は,本当に渓流に近い。川が増水したら,ちょっと入るのは無理だろうと思うくらいだ。露天に入ると,最高に気持ちいい。いや,これは・・・泉質がではない。 温泉自体に関しては,なぜかややカルキ臭を感じ,残念ながらあまり泉質を感じられなかった。これが,あの秘湯中の秘湯の宿!?”秘湯 オブ モンスター”と呼ばれる (ボクが呼んでいる)かの”大丸あすなろ荘”なのだろうか!

渓流露天風呂の脱衣所へ

マルダシで誰かいるゾ。ケシカラン

手前のぬる〜い露天

奥の丸い露天。渓流が本当にすぐ脇だ

 ロケーションは非常に良く,渓流の流れ,そして緑と紅葉は実に美しい。しかし,肝心要の泉質は,薄っぽく感じ てしまった。露天も,最初,写真などから期待していたほどは広くなく,しかも,混浴じゃないし・・・後から聞いた,彼女による,女湯に関する極秘報告でも,子宝の湯は, いまひとつであり,ジャガイモ三個程度の評価だと言う(こりゃ,さすがに,厳しすぎと思った)。ボクの撮った写真を見たら,男湯の方がずっといいとのことだった。

 約束の時間より少々早く出たボクは,スルスル服を着て(ハダカで行っちゃおうと思ったが,なぜか女性がたむろしていた),例の混浴の自噴泉岩風呂へ試しに入りに行く。これは取材のためである。こっちの方が少し泉質を感じられるかな?大昔は,こっちが露天だったと聞く。5分ほどで出ると,彼女が外に待っていた。そして,二岐温泉を後にした。
 いい場所なんだけど...ちょっと,厳しいことを書きすぎたかな?これは,公平に考えると,ちょっと期待が大きすぎたからだと思う。有名になりすぎた秘湯。行きやすく, 実に綺麗だ。でも,それは,すでに秘湯ではなくなってしまったのかもしれない。

大丸あすなろ荘 福島県岩瀬郡天栄村大字湯本字下二俣5 0248-84-2311 硫酸塩泉,50度 内2,露天2,岩風呂1(混浴) 11:00〜14:30 735円


二岐温泉へ向かう村道より

江戸の昔へ!(大内宿 の冒険)

 二岐温泉を出て,村道を国道118号線まで戻る。そこから,さらに西へ西へ。そして,下郷町へ。
 とっくに13時を回って,お腹もペコペコである。国道沿いで,ココスでも探そうと思ったが,瀟洒なレストランはおろか,ラーメン屋さえない。やむを得ん。次なる目的地である”大内宿”まで我慢して,そこで,お蕎麦でも食べるとしよう。

 大内宿は,会津西街道の宿場町として栄えた江戸時代の町並みが今に残る場所。大内宿内には,車の進入は禁止であり,入口の駐車場に車を停めて歩いていくらしい。ふんふん?いったい,どんなところだろう?前々から興味があった んだよね〜。きっと,何軒かの町指定文化財の藁葺き屋根の家とか残っているんだろうか。こういうのって,よくある。よくあるんですよね〜

町人どもがウジャウジャいた

 国道118号線から国道121号に入ってすぐに,右折して町道へ。それから,5分くらい走ると,ものすごい車の列が見えてきた。え?ナニナニ?・・・ずーっと道路脇に車が駐車している じゃないか。フナフナフナ〜。こりゃ,すごく混んでいる。大内宿って,こんなにすごい観光地だったんだ!ボクは,後悔して青くなったが,ヤケになって,そのまま前進し,どうせダメだろうと思いつつ, 右にあった駐車場らしいところに車をつっこむ・・・と, ややっ!一台分だけ駐車スペースが開いていた!ラッキー。しかも,後で分かったが,この砂利の駐車場は,駐車料金無料のところだったのだ。ムフフ。
 そして,罪人のようにゾロゾロと歩く人の波に従って,いくつもの舗装した(有料)駐車場の前を通る・・・あった!ここでしょ?ここ。まさしく,江戸時代の町っぽい〜。 思ったより,広く,そして古かった。土の通りを江戸の町人どもがそぞろ歩いている。

浅沼食堂。ここでお蕎麦を食べた

 大内宿の奥行きは約400mくらい。通りは右へややカーブしている。通りの両側の藁葺きの家には,オジイサンオバアサンが,ダンゴや野菜,各種お土産物を売っている。 そして,黒山の人だかりだ。民宿と書いてある藁葺きの家もある。ここに泊まるのは,どんなもんなんだろう?
 お蕎麦を食べようと思って,キョロキョロしたが,どの店も人でいっぱいである。ボクは,混んでいるのが大嫌い。もう13時半過ぎだってのにね。

手焼き煎餅を買う。1枚250円なのだ

 途中で,蕎麦ダンゴとイモダンゴを買って食べる。これはウマーイ。通りの両側のお土産物屋さんをのぞきながら,一番突き当たりの山に抱かれた藁葺きの家へ。 ここで,大内宿は終わりらしい。その家は大きめの食堂になっていた。中は,混んでいたけど,もう,しょうがない。ここにしよっと。ちょっと土間で待たされてから, 座敷にあがる。何にしようかな?ウーン。ざる蕎麦900円かぁ。結局,山菜蕎麦ときのこ蕎麦を注文する。これまた,どちらも900円!高〜いのだ。でも,出てきた蕎麦は,新蕎麦で,すっごく美味しかった。
 それから,ぶらぶらと通りを戻りながら,百円の甘酒を飲んで,ちりめんで作った野菜とネコのお土産小物を買い,手焼き煎餅を並んで買う。ムフフ。面白いのじゃ。 この時間になっても,観光バスがどんどんやってきて,観光客がドバドバ増えている(胸に名札がついているから分かるのだ)。
 こんな不便な場所なのにね。大内宿ってすごいなァ。


紅葉見つけた! (峠のへつりの冒険)

塔のへつり駐車場

 そして,ボクタチは,また車に乗っていた。陽はやや陰りを見せ,すでに時計は15時を回っている。ボクタチはいい加減疲れていたけど,せっかく,ここまで来たのだ。あと1カ所だけ, そう。もう一頑張り。紅葉の景勝地で知られる”塔のへつり”へ向かうことにした。
 国道121号まで戻って,それから約15分ほど南下。途中で, ガソリンスタンドを見つけて給油する。このままじゃ,ガス欠で帰れなくなっちゃうからね。仕方ないとはいえ,リッター121円。たかーい。石油安売り激戦区である我が家の近所より30円以上高い のだ。でも,そこのスタンドのお姉さんは,ボクタチの車のプレートを見て,「南会津の地図をどうぞ」とサービスしてくれた。旅先の親切は嬉しいなぁ。

 程なくして,”塔のへつり”の看板を見つけて,左折する。そこから細い道をせっせと下る・・・突き当たりの駐車場になっているロータリーの広場は,駐車場所を求める車で ワシャワシャしていた。クルリとUターンして,少し上の方にある駐車場に車をつっこむ。幸い,もう,午後も遅いのでうまいこと置けたけど,もっと早い時間だったら,無理だったかもしれない。

 ロータリーの広場から,狭い階段を下りる。途中,お土産物屋さんがあって,さらに先は吊り橋。一瞬躊躇ったボクタチであったが,果敢に向こう岸に渡る。それが揺れること,揺れること。
 ここ,”塔のへつり”は,大川の岸壁が不思議な仏塔状に形成されており,国の天然記念物にも指定されているところ。 別に,ボクタチの目には仏塔には見えなかったが,自然って,とても不思議なのだ。

塔のへつり

吊り橋を向こう岸へ渡る

吊り橋の上から

階段を上ったところから

 吊り橋の向こう岸から,狭い岩肌に張り付いた道をヒヤヒヤしながら下流へ歩き出す。 すべって落ちちゃったら,塔のへつりのモクズとなって,新聞にオモシロオカシク書かれちゃうだろう。「不注意な観光客,ドボン」って。・・・突き当たりは,素人画家達が熱心に絵を描いていた。そっと 後ろから,のぞき込んだら,フーム。かなりヘタクソであった。公民館の絵画クラブあたりかなぁ。
 また吊り橋のところまで戻って,今度は岩肌を削った階段を上る。かなりあるんじゃないかと思ったら,そうでもなくて,上には虚空蔵尊が祭られていた。 オジサンがいて,長寿のお札を売っていた。

 残念ながら,もう日が傾き出していたので,あまりいい写真は撮れなかった けど,ボクタチは大満足。これで,紅葉を”塔のへつり”まで見に行ったんだとご近所に自慢できますものね。そして,家路に向かう... 車を運転しながら,つくづく,(今更ながら)日帰には,ちょっとキツイ距離だと思う。フー。あっという間に暗くなっちゃうし。途中,ゴハン (お腹がペコペコになったので,ハンバーグ)を食べて我が家に着いたのは,夜9時になっていた。もう,葉が落ち始めていたので,紅葉 の盛りには,やや遅い時期だったろうと思う。でも,ボクタチには充分,楽しい小旅行だった。

 次の日の日曜の朝は,ボクタチは,ゆっくりと朝寝坊したのであった。


塔のへつり

 

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